中国在住サラリーマンの徒然なる日々

中国在住日本人サラリーマンが綴る中国ブログ。日々の生活の中で感じた取り留めもないこと、現地在住者ならではのリアルな生活情報などについて発信していきたいと思っています。ご連絡はTwitter(@superflyer2015)経由でお願いします。

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(2018年4月版)中華な日々

最近のことについて、簡単に記録に残しておこうかなと。

 

白い悪魔


今日の空はもうまるで地獄みたいだ。

 

時は2018年4年12日、中国、皇帝様のお膝元、北京の貧民街、13日の金曜日を前に戦々恐々なこんな日に舞い降りた白い悪魔。

 

朝起き、準備をして外に出ると目の前には大量の白い浮遊物。黙って玄関の戸を閉め部屋に避難。慌ててマスクを装着し戦場へ、、、

 

「柳絮」というものらしい。北京に大量に存在する柳の雌花から放出される綿毛だそうだ。なんでも、春の訪れを知らせる風物詩なのだとか、、、

 

マスクをして歩いていても顔に綿毛が触れるのがわかって不快極まりない。道行く人々を見ていると、半分以上はマスクをしていない。連中は大丈夫なのだろうか? 鼻や口に入らないのだろうか? じいさんばあさんに預けられた小さな子供が無邪気に屋外で遊んでいたけれど、大丈夫なのだろうか? あのじいさんばあさんたちが肺疾患で苦しもうと個人的にはどうでもいいが、幼い子供たちのことだけがとにかく心配だ。彼らは何も悪くないのだから。

 

職場に着き、真っ先に同僚に浮遊物の正体を聞いた。そいつは「あと数日もすれば、もっとはるかに飛散量が増えて雪のようになるよ」とニコニコしながら言っていたけれど、よく笑っていられるなと。一体何なんだこの絶望シティー。

 

日本で毎年深刻な問題になる杉花粉。あんなものは中国には存在しない。だから日本にいて鼻がぶっ壊れても、こっちに来るとピタリと止まる。あんなものは外国人からしたら信じられないようなものらしいから、まあおあいこと言えなくもないのか、、、

 

お湯をゴクゴク


とにかく外国にいると色々あるなと思う。

 

これに関しては私ももう完全に染まってしまったから、毎日こっちの連中と同じように「お湯」を専用のマシンで注いでガバガバ飲むわけだけれど、最初にその様を見た時には衝撃を受けた。こっちに来てから、確かにお腹の調子はいい。自分は昔から腸が弱いのだけれど、お腹を壊すことがほとんどなくなった。「人工的に冷やした冷たい飲料なんて絶対に口にすべきではない」というこっちの連中の言葉は今では非常にしっくりくるし、多分正しいのだと思う。冷たいものを口にすれば確かに温度差が気持ちいいし、スッキリはする。でも、その温度差が体へのダメージとして蓄積する可能性は確かに否定できない気がする。もっとも、医学的にどうとかそういうのは自分にはわからないけれど。

 

激辛牛肉麺


職場の近くにある食堂が気に入っていて、というか、他のお店に行くのが怖くて毎日同じ店にばかり行っている。注文する品もだいたい同じ。水餃子か牛肉麺。

 

すごく美味しいと言えるようなレベルの味ではないけれど、まあ良くも悪くも普通というか、特に不満を抱くこともなかった。冷える日なんかは、ピリ辛かつ濃い味付けの牛肉麺は美味しく感じるしね。

 

ただ、最近店のオーナーが変わったみたいで、いかにもって感じの頑固親父風の太ったオッサンが厨房を仕切っている。今までネギやパクチーなんかが置いてあったカウンターには、突如こんなのが置かれるようになったし、、、

 

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メニューは以前と同じ。ただ、注文して出てきた品は以前のものとは全く違う。牛肉麺をお願いしたところ、「赤黒い」のだ。味ももう全くの別物。めちゃくちゃ辛い。辛過ぎてもう味なんてわかりゃしない。大量の唐辛子と胡椒が投入されているようで、食べると汗が噴き出してくる。大袈裟に言っているんじゃない。本当に噴き出してくるのだ。ダラダラダラダラ汗を垂らしながら少しずつ食べ進めていると、周囲のチャイニーズたちがこっちをチラチラ見ているのがわかる。なぜかわからないのだが、連中は同じものを食べても汗をかかないのだ。自分だけがまるで苦行に身を投じる修行僧みたい。連中の発汗器官が腐っているのか自分の体が異常なのかよくわからないけれど、とにかく汗が止まらない。食事に来たというよりもジムにエクササイズに来たみたいだ。

 

慣れた?


とまあそんなこんなで、私はこの国でまだ何とか生きています。

 

しんどいことにも「繰り返し」によって案外慣れてしまうのが人間の不思議。

 

ほら、よくいるでしょ? 金持ちでいい暮らしをしているのに文句ばかり言っている人。既にものすごく可愛いのに必死で美容整形に通う若い女の子。足の一部が壊死しているのに「今が一番幸せ」とか言っている浮浪者。

 

みんな単に「慣れた」だけなんだよ。どこに「スタンダード」を置くかが全てなわけだけれど、身の回りの環境は時にこいつを強制的にズラしてしまう。

 

だから「俯瞰」ってのは大事なんだよね。自分の場合、幾つかブログというものを運営していて、こんな感じでその時々の感情を文字にしてその「時」に置いてくるようにしている。そういう自分なりのマイルストーン的なものがあると、自分の中にある「スタンダード」を定期的にチェックすることができるんだよね。

 

表現が難しいのだけれど、多分私は「変わりたくない」のだと思う。自分や自分なりの基準が変化してしまうと、昔口にしたことが嘘になってしまう可能性があるわけで、それが多分嫌なんだよ。ガキの頃に腹くくって以来だいぶ時間は経ってしまったけれど、まあでも一応、自称国際人として仕事を続けているわけで、そのバックにはそういう習癖的なものもあったのかなと。

 

ということで、慣れることは時に必要だし、そもそも単に自然な移行なのだと思うけれど、変わらないものというか、変わらないようキープするための努力が重要なこともあるのかなと。